本校の沿革

1922年4月、旧国鉄で働く若者達に中等教育の機会を提供したいという思いから、本校の前身である東京鐵道中学が開校。第一期の新入生76名を迎え、90年の歴史が幕を開けました。第二次大戦中には東京育英中学へと名前を変え、戦後の学制改革で東京育英高等学校に再編。その後、1953年に経営が芝浦学園へ移され、現在の芝浦工業大学高等学校へと移行していきました。1982年には現校地、板橋区坂下に移転。新校舎建設に合わせて中学校を開設し、現在に至ります。

校名は変わりつつも、本校は一貫して「社会に貢献する人材」を「産業界の現場に」送り出すことを第一義に、教育を行ってきました。鐵中・育英時代は主に国鉄に、芝浦となってからは広く日本の産業界全体に有為な技術系人材を輩出してきたのです。そしてこれからも、本校は変わらぬ社会的使命を抱きながら教育内容を不断に改善し、名実共に優れた学校として成長し続ける学舎を築いてまいります。

東京鐵道中学時代

1922年~1942年

東京鐵道中学時代

出来事
1921年10月14日日本国有鐵道50周年祝典挙行
記念事業として「鐵道博物館」、「鐵道中学校」の設立を採択
財団法人鐵道育英会の設立が認可
発案は鐵道省経理課長・十河信二(後の国鉄総裁)
鐵道大臣・元田肇、財団設立に3万円出損
1922年2月3日東京鐵道中学設立認可(東京府知事)
3月9日第1学年入学試験実施(志願者118名)
4月1日東京鐵道中学開校(麹町区永楽町1-3、鉄道教習所内)
4月10日東京鐵道中学第1回入学式(入学者76名)
5月5日学校長事務取扱兼嘱・中山民生(初代)就任
1923年4月1日学校長事務取扱・大江武男(2代)就任
9月1日関東大震災により校舎焼失
9月19日東京府荏原郡南品川の東京鉄道教習所内に校舎を移転
1924年4月1日学校長・影近清毅(3代)就任
6月1日東京府北豊島郡西巣鴨字池袋の東京教習所内に校舎を移転
1925年4月1日学校長・和田弘(4代)就任
1931年4月1日学校長・広田直三郎(5代)就任
1934年4月1日学校長・和田弘(6代)就任
1942年3月  東京鐵道中学としての最後の卒業式挙行(卒業生81名、累計960名)

東京育英中学・東京育英中学校・東京育英高等学校時代

1942年~1954年

東京育英中学・東京育英中学校・東京育英高等学校時代

出来事
1942年4月1日校名を東京育英中学と改称
1943年3月  東京育英中学としての最後の卒業式挙行(卒業生93名、累計169名)
1944年1月8日中等学校令により東京育英中学校の開設認可
1945年3月10日空襲により校舎焼失
7月1日昭和鉄道学校の校舎において授業を再開
1946年4月1日池袋の鉄道教習所内に校舎を再建し移転
12月26日学校長・山本頼雄(7代)就任
1947年10月  創立25周年式典
1948年3月  東京育英中学校としての最後の卒業式挙行(卒業生50名、累計249名)
3月10日学制改革による東京育英高等学校(定時制課程)の開設認可
4月  1948年度より、国鉄から育英会への補助が打ち切られ、
鉄道弘済会が事業を継続
1949年3月6日東京育英高等学校第1回卒業式
1950年1月11日学校法人鉄道育英会に組織変更認可
10月10日創立30周年記念式
1953年3月  東京育英高等学校としての最後の生徒募集(入学者82名)
4月20日芝浦高等学校普通科・交通科(田町)が池袋に移転
7月10日学校法人鉄道育英会を学校法人芝浦学園に吸収合併
12月9日東京育英高等学校に全日制課程設置申請を東京都知事に提出
1954年3月  東京育英高等学校最後の卒業式(卒業生84名、累計476名)
4月1日東京育英高等学校全日制課程(普通科・交通科)発足
(入学者:普通科37名、交通科35名)
生徒会発足(初代会長・松沢稔夫)
PTA発足(初代会長・山田晃)
定時制主事に村内政雄を任命

芝浦工業大学高等学校時代

1954年~1982年

芝浦工業大学高等学校時代

出 来 事
1954年8月5日東京育英高等学校を芝浦工業大学高等学校と校名変更認可
10月17日第1回運動会開催(全・定合同)
1955年3月9日芝浦工業大学高等学校第1回卒業式(卒業生:普通科40名、交通科2名)
3月23日校章決定
4月同窓会発足(初代会長・小野弘泰)
5月第1回修学旅行実施(関西・四国方面)
1956年2月15日校歌完成発表(作詞・大野保、作曲・徳山寿子)
11月第1回文化祭開催(現在まで継続)
1957年3月31日交通科廃止(交通科卒業生累計61名)
1958年3月第1回九州修学旅行実施(以後1976年まで19回実施)
7月第1回山岳訓練富士登山実施(以後1962年まで5回実施)
1959年3月生徒会誌『芝生』創刊(現在まで継続)
7月第1回臨海訓練実施(以後1982年まで24回実施)
1960年9月校舎改築
1961年6月3日体育館完成
1966年11月象徴碑建立
1967年6月第1回講師招聘教員研修会(「教育原理」石三次郎、現在まで継続)
1968年3月17日定時制課程第1学年募集停止決定
1969年3月31日山本頼雄校長退職
4月1日芝浦工業大学学長代行・大北忠男、学校長を兼務
6月2日教職員機関誌『鹿車』創刊(現在まで継続)
6月19日学校長・渋谷大輔(8代)
1970年3月新方式による芝浦工業大学への入学者選抜実施
4月芝浦工業大学大宮校舎開学
1971年2月芝浦工業大学への推薦制度確立
3月7日定時制課程閉校式(第23回卒業式、卒業生累計522名)
記念文集『篝火』刊行
1974年6月30日渋谷大輔校長退任
7月1日芝浦工業大学学長・沖種郎、学校長を兼任(9代)
1975年9月26日学校長・伊尻政一(10代)
1976年3月最後の九州修学旅行を実施
1977年3月第1回スキー教室実施(妙高高原池の平スキー場) 修学旅行にかえて
8月第1回アメリカ・サンジェゴ・ホームステイ実施(希望者)
1981年3月30日板橋区坂下2丁目2番に新校地を取得
5月23日起工式
9月21日東京都私立中学審議会、「芝浦工業大学中学校」の設置を答申
1982年2月5日芝浦工業大学中学校第1回入学試験
2月20日板橋区坂下2-2-1に新校舎・体育館竣工
3月15日芝浦工業大学中学校の設置が認可される
3月17日新校舎落成式

芝浦工業大学中学校・高等学校時代

1982年~2017年

芝浦工業大学中学高等学校時代

出来事
1982年4月1日板橋区坂下2-2-1の新校舎に移転、中学高校6カ年一貫教育を開始
10月  国私立中学高等学校教育研究集会数学部会を本校で開催
(記念講演、筑波大学教授・永井博)
1983年7月  中学2年校外授業「移動教室」を中綱湖畔にて実施
(1997年まで14回実施)
1984年5月12日芝浦工業大学高等学校創立30周年記念式典を挙行
7月18日プール棟完成
1986年10月18日東京鐵道中学校創立65周年記念式典を挙行
1988年7月  高等学校硬式野球部、東東京大会で準決勝に進出
1991年4月1日生徒会部室・弓道場棟完成
6月1日高等学校板橋移転、中学校開設10周年記念式典を挙行
1992年4月1日学校長鈴木渉(11代)
1993年8月  中学生水泳全国大会にて、400メートルリレーで優勝
1994年4月  中学160名(4クラス)・高校172名(4クラス)に定員変更
中学3年からジェネラル・コースとインターナショナル・コース
を設置
10月  中学3年で全員参加の海外教育旅行を実施(現在まで継続)
(アメリカ、ユタ州・ワシントン州でのホームステイを中心)
1995年11月  高校2年、国内教育旅行(九州、沖縄)を実施(現在まで継続中)
1996年10月10日校庭グランド改修(日本初のリサイクル・グランド)
10月13日鐵中・育英・芝浦創立75周年記念同窓会開催
1997年10月2日創立75周年記念碑完成
11月4日学校法人芝浦工業大学創立70周年記念式典挙行
1998年4月1日猪苗代合宿教育センター竣工
13日中学1年猪苗代授業開始(1クラスごとに2泊3日で実施)
15日中国語・ハングル語講座開始
6月1日中学2年猪苗代学習教室開始(1クラスごとに5泊6日で実施)
7月15日高校生希望者対象オーストラリア・ホームステイを開始
11月9日高校2年国内教育旅行、沖縄コースを屋久島コースに変更
2000年4月1日東京都私立中学高等学校協会第10支部長校
10月3日芝浦工業大学先取り授業(数学)開講
10月25日江崎玲於奈芝浦工業大学学長の講演会を実施(板橋文化会館にて)
2002年4月  学校5日制を導入し、土曜日には土曜講座を開講
11月8日鐵中・育英創立80周年、高校創立50周年、中学創立20周年
記念行事開催
2003年4月  学校6日制に戻す(土曜講座の科目を継続する)
6月24日中学漢字コンクールを年6回全学年共通問題で実施
2004年4月12日鈴木渉校長加療のため、校長代理江藤浩一
5月1日鈴木渉校長逝去、校長代行江藤浩一
5月10日故鈴木渉校長のお別れ会(本校体育館にて)
6月16日学校長江藤浩一(第12代)
2005年4月  校内売店(エスアイテック板橋事業所)開店、小会議室3室設置
2006年3月  2006年度中学2年生臨時クラス増に伴い、校庭に会議室を増築
4月1日芝浦工業大学豊洲校舎開学(田町校舎から移転)
4月  柏中高との間で人事交流を実施
5月  中学英単語コンテスト年5回実施
2007年11月4日学校法人芝浦工業大学創立80周年記念式典挙行
2008年3月31日猪苗代合宿教育センター閉鎖
10月  芝浦工業大学へ9月推薦導入、マレーシアへの留学を実施
2009年3月31日多目的教室(第二コンピュータルーム)設置
4月1日学校長西山淳(第13代)
4月1日芝浦工業大学デザイン工学部開学(田町)
4月1日芝浦工業大学システム工学部をシステム理工学部に改名
4月17日中学3年で「サイエンス・テクノロジー・アワー」と
「ランゲージ・アワー」の授業を導入
2010年2月12日「サイエンス・テクノロジー・アワー」の授業で、
芝浦工業大学および外部団体(PMAI)の協力を得て
4週連続で「プロジェクト・マネジメント」を実施
9月マレーシア留学に代えて、カリフォルニア大学アーバイン校
への10週間留学を開始。
2011年3月1日高等学校第57回卒業式(卒業生188名、累計10,533名)
3月11日午後東北関東大震災発生。12日以降の期末試験を中止し、
生徒の登校を禁止。
3月24日修了式挙行。中学校第27回卒業生(171名、累計4,251名)
に1日遅れて卒業証書授与。
2012年4月学校長・大坪 隆明(14代)就任
9月6日新「カフェテリア」オープン
「中学生の一斉昼食」開始
9月12~14日本年度より中学2年農業体験合宿(長野県長野市芋井)を実施
10月13日鐵中・育英・芝浦90・60・30周年記念式典を本校にて挙行。
周年記念集合同窓会同期会を東武デパート「バンケットホール」
にて挙行。
10月30日生徒対象周年行事を北とぴあ「さくらホール」にて挙行。
2013年9月11~13日本年度より中学1年蓼科登山合宿(長野県茅野市)を実施
9月18日2017年4月より江東区豊洲6丁目への校舎移転を発表
11月5~8日本年度より高校1年菅平集中セミナー(長野県菅平市)を実施
12月24日ニュージーランド・ラザフォードカレッジとの生徒交流の協定締結
2014年4月1日東京都私立中学高等学校協会第10支部長校
12月20日豊洲新校舎安全祈願祭を実施
2015年3月16〜18日高校一般理系コースの少人数選抜クラス(英語SUPERコース)によるイングリッシュ・キャンプの実施
10月1日ニュージーランド・ラザフォードカレッジとの生徒交流の協定締結
2016年8月8日豊洲校舎建設工事竣工式実施

芝浦工業大学附属中学校・高等学校時代

2017年~現在

芝浦工業大学附属中学校・高等学校時代

出来事
2017年4月1日江東区豊洲6-2-7の豊洲校舎へ移転、校名変更、高校男女共学化