100周年 100周年

2022年、芝浦工業大学附属中学高等学校は、創立100周年を迎えます

本校は日本国有鉄道(国鉄、現JR)50周年の記念事業の一つとして1922(大正11)年、東京、麹町に「東京鐡道中学」を前身として開校しました。この学校創立という事業は後の国鉄総裁であり、「新幹線の父」とも称された十河信二による発案によるものでした。主として当時の国鉄に働く職員とその子弟に中等教育の機会を提供したいという思いが本校の淵源となったのです。

1942(昭和17)年に東京育英中学と改称、昭和23年には新制度による東京育英高等学校となり、同時に国鉄職員のための学校という制限を廃し、一般にも門戸を開放しました。1953(昭和28)年に当時の芝浦学園に合併、校舎は池袋へと移り、校名も芝浦高等学校、1955(昭和30)年には芝浦工業大学高等学校と改称されました。

1982(昭和57)年には校舎の老朽化にともない板橋区志村に新校舎を建設、移転の運びとなりました。さらに、これを機に中学校を併設、芝浦工業大学中学高等学校として中高6ヵ年の一貫校となりました。2017(平成29)年には芝浦工業大学豊洲キャンパスに程近い江東区の新豊洲に新校舎が竣工、移転となり、さらに高校を男女共学化し、芝浦工業大学附属中学高等学校として新たなスタートを切りました。

2022(令和4)年、本校は創立100周年を迎えます。校地、校名は変わるも本校はこれまで一貫して「社会に貢献する人材」の育成に努めてまいりました。鐡中・育英高時代は主に国鉄へ、芝浦(工大)高となって以降は日本の産業界に数多の有為な技術系人材を輩出してまいりました。そして本年、2021(令和3)年度からは中学からも女子を受け入れ中高一貫の男女共学校となりました。名実ともここに本校の教育目標の根幹にある「理工系人材の育成」を中高大一貫で推進することの出来る理想的な教育環境が整いました。

本校は100年の伝統と実績に安住することなく、テクノロジーの担い手として自らを鍛え時代を切り拓いていくことの出来る「芝浦人」の育成に向けた教育活動に倍旧の努力を重ねて参ります。本校へのご支援を今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

芝浦工業大学附属中学高等学校
校長 佐藤 元哉

100周年ロゴマーク

生徒公募により選ばれました。制作意図について「シンプルにしようと思いました。また、2021年度から完全共学化ということもあり、男女ともに受け入れられるデザインにしようと考えました。100周年の100と周年を表すthと芝を合わせて作り、鉄道中学からの100周年がわかるようにしました。」と語ってくれました。

原 滉一郎さん

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100周年記念ポスター

このポスターはひと目で芝浦が鉄道に関係する学校だということがわかるようにデザインしました。学校が過去から未来へ進んでいく様子と、電車が進む様子を重ねています。また、ホームドアに反射した行先パネルの中にも創立年、100年後の年、豊洲を入れ、情報量を増やしました。自分の作ったポスターがHPなどでほかの人に見てもらえるのはうれしいです。

小島 那空さん

本校の沿革

源流は国鉄関係者の教育機関
《東京鐵道中学》

本校の前身は1922(大正11)年、東京市麹町区永楽町(現在の千代田区丸の内)にあった鐡道省鐡道教習所内に開校された東京鐡道中学(鐡中)です。設立の発案者は十河信二。後に国鉄総裁となり、東海道新幹線の開通に尽力した人物です。十河は「省鉄(後の国鉄、現JR)で働く若者達に教育の機会を提供したい」という思いから、財団法人東京育英会を設立し、鐡中を鉄道省敷地内に設置。しかし東京鐡道中学の名称から、鉄道職員の養成学校と見られることもあったため、東京育英中学と改称(1942(昭和17)年)。その後、中学校令の認可によって東京育英中学校、戦後の学制改革で東京育英高等学校と変遷しました。

鐵中、芝浦工大、両者の精神が
教育の両輪

1953(昭和28)年、鉄道育英会は学校法人芝浦学園に吸収合併され、現在の芝浦工業大学高等学校へと移行しました。当時の校舎は池袋駅から徒歩2分の立地でしたが、駅前の再開発に伴い周囲は繁華街となり、学校教育にふさわしい環境を求めて1982(昭和57)年に板橋区坂下へ移転。同時に芝浦工業大学中学校を開校し、芝浦工業大学中学高等学校として歩み始めました。本校はこのように、東京鐡道中学と芝浦工業大学の2つの源流を有しています。鐡中の発案者・十河が目指した「個性重視の自由主義的な普通教育」、芝浦工業大学の創設者・有元史郎が掲げた「社会に学び、社会に貢献する技術者の育成」が教育の両輪です。

1922年4月 東京鐵道中学開校(麹町区永楽町1ー3、鉄道省鉄道教習所内)
1924年6月 池袋の東京鉄道教習所内に移転
1944年1月 中学校として認可され、東京育英中学校となる
1945年3月 空襲により校舎焼失
1948年3月 学制改革により東京育英高等学校(定時制課程)となる
1953年4月 学校法人鉄道育英会が学校法人芝浦学園に吸収合併される合意をもとに芝浦高等学校普通科・交通科(田町)が池袋校舎内に移転
1954年4月 東京育英高等学校全日制課程(普通科・交通科)発足
1954年8月 東京育英高等学校を芝浦工業大学高等学校と校名変更
1960年9月 校舎改築
1982年4月 板橋区坂下2-2-1の新校舎に移転、中学校を開設し中学高校6カ年一貫教育を開始
2012年10月 鐵中・育英・芝浦90・60・30周年記念式典を本校にて挙行、周年記念集合同窓会同期会を池袋にて開催
2013年9月 江東区豊洲6丁目への校舎移転を発表
2017年4月 江東区豊洲へ移転、芝浦工業大学中学高等学校から芝浦工業大学附属中学高等学校へ校名変更、高校入学生より女子生徒を受け入れ、中学:男子校、高校:共学校となる
2021年4月 中学:共学校となる